一つのことに重きを置きすぎるな

この記事は、以下のブログに多大なインスピレーションを受けて書いたものである。


自己生産活動のバランスが自己を救う - sametimeme's diary

 

 

今日の結論はこうだ。

「一つのことに重きを置きすぎるな。必ずいくつか、自分の力を発揮できることを持っておこう。そうすることで、何かがうまくいかなかった時に、他の何かが引き上げてくれる助けになるから。」

 

少し話が抽象的であるかもしれない。なので、具体例を使って説明したいと思う。

例えば、あなたは仕事(サラリーマンとしてでも、起業家としてでもなんでもよい)に全てを賭けているとする。それは文字通り、全ての時間を仕事に投入しているという状態である。この人は必ず壁にぶつかることになる。ものごとというものは、絶対に自分の期待通りになんて進まないものである。これは何年も生きてきたみなさんに、手に取るように実感してもらえるものだと思う。壁に当たること自体は当たり前のことであり、特段問題にすることではない。

では、もしあなたが仕事以外に自分が熱中できるものがなかったらどうなるか。おそらく「いつかは」壁を突破するだろう。しかし、長い時間がかかってしまうだろうし、精神状態もままならなくなるだろう。なぜなら、人間は飽きる動物なので、同じ仕事に取り組み続けられるという人は中々いないし、そうなってくると集中力が続かなくなってくるからだ。もちろん中には、「これが楽しすぎる!いくら失敗しても苦にならない!」という活動を持つ人もいるだろう。もしかしたら、あなたにもそのような状態の時があるのかもしれない。しかし大体は、そこまで熱中できることはなかなか巡り会えあえないのではないだろうか。

ではどうするか。他にも熱中できることを持っておくのだ。それは他の仕事(副業)であってもいいし、音楽でも、スポーツでも、恋愛でもいい。なんでもいい。とりあえず自分が好きな活動をいくつか持っておき、取り組んでおくのだ。するとどうなるか。ある一つの活動で行き詰まった時に、他の活動に切り替えることができるのだ。そうすると、人間は単純なもので、なぜかそれに新鮮味を感じて集中力を発揮できるのだ。いや、集中力なんていう高尚なものは別に持たなくていい。ただなんとなく「あっ、なんか他のことで行き詰まりを感じてたけど、やっぱ人生楽しいわ」って感じることが大事なのである。あまりにも一つのことにのめり込んでいると、人生苦しくなってくる。もう自分にはこれ以外ないんじゃないかとさえ思えてくるし、過度に追い込められていってしまうこともある。

 

実は僕自身、今までの人生ではある一つのことに熱中「しようとする」人間であった。中高時代は部活に、大学生時代はサークル活動に、という具合だ。なぜ「しようとする」と「」が付いているのか。それは、正直熱中しきれなかったからだ。飽きていた。もっと他に自分のやりたいことがあるのに、と思っていた。だけどなぜか、「一つのことをやり通すことが、美徳である」なんていう考えを持っており、なかなか他のことに手を出すことができなかった。

今なら言える。それはもったいなさすぎる。自分が興味を持つものは一つではないし、自分の価値を発揮できる活動は沢山あるはずだ。一つのことをやり通せなんて、誰が決めた?仕事に自分の全ての力を投じろなんて、誰が命令した?自分だ。自分が自分にある種の”制限”をかけていたのだ。そんなの、ちゃんちゃらおかしい。あなたはもっと色々な才能を持っているし、もっと色々なことに取り組んでいいのだ。

 

話を元に戻す。あなたはいくつか好きな活動をもつことで、ある一つの活動で行き詰まった時に、他の活動に取り組むことができる。そうすることで、常にチャレンジできるし、楽しくなってくる。そしてそのぶん行き詰まりを解消できることも多くなるはずだ。

 

確かに、「行き詰まったらすぐに逃げ出す」というのは良くない。逃げて逃げてを繰り返していたら、いつまでたっても自分の理想には近づけない。でも行き詰まりが原因で自分の足が遅くなるのもよろしくない。「避難経路」を持っておくことも大事である。

 

なので、このエントリーを期に、今まで興味を持っていたあのことにチャレンジしてみようかな!と思った人がいたら、ぜひチャレンジしてみよう。そうやって自分の価値を発揮できる場を、チャレンジできる場を、理想に近づける場をいくつももっておこう。