激務サラリーマン脱出物語

20代激務サラリーマンが資本主義での勝ち方を実践・紹介するブログ

激務サラリーマン脱出物語

自分のビジネスを持つことは、自分の表現の場を持つことだ

人を雇うにしろ、個人事業で展開するにしろ、自分のビジネスを持つことは自分の表現の場を持つことと同意である。

 

その最もたるものが、プログラミングによるものである。

プログラミングを学べば、「こんなサービスがあったらな」という自分のアイデアをほぼ資本なく始めることができる。昔、何かの記事でプログラマの人がそう言っていたのを覚えている。

 

また、プログラミングでなくとも、様々な業種で自分のビジネスを持つことは自分の表現につながる。例えば、飲食だ。

 

僕は先日、飲食店を経営する人に会ってお話を聞いてきた。将来起業をしたいと考えているので、じゃあ実際に経営している人に会ってみようということで会ってみたのだ。

プログラマーが上記のことを言っていたのを覚えていたが、飲食店を営むその方も全く同じことを言っていたので驚いた。

 

「自分の事業を持つことは、自分を表現の場を持つことなんだよ。」

 

と。

 

では、サラリーマン(従業員)だとどうか。

確かにサラリーマンでも、その仕事が自分の表現につながっているのならばよいだろう。しかし、実際はそうはいかない。サラリーマンは必ず上の指示に従わなければならない。いくら「ビジネスは顧客が顧客である」といっても、「サラリーマンは上司が顧客である」という側面がある。サラリーマンとは結局、経営者や株主がしたいことの歯車になっているにすぎない。

 

その歯車を辞め、自分で仕組みを創る作業はものすごく大変である。

すぐにお金を儲けられる保証はないし、くいっぱぐれる可能性だってある。

 

しかし、こんな自由なことはない。もちろんその仕組みに需要がなければいけないが、需要を探る過程だってとてもエキサイティングなものと思える。

 

自分が発想し創りあげたものが、誰かの役に立ち反響をもらえる。

こんなに魂が震える瞬間はない。

 

僕たちはもっと自分を表現しなければならない。

失敗すること、恥をかくことを恐れてはいけない。

 

もっと表現して、他人の反応をもっと肌で感じなければならない。

こんなにエキサイティングなことは、なかなかない。

 

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追記(2015/02/10)

Wantedlyを創業した仲暁子さんも同じようなことを言っていた。

 

時間の切り売りにするかしないかは、結局自分なんですよね。自分が変われば、同じ状況でも、シゴトは面白くなる。
 
もし自分の頭の中で、「定時まであと何分」ってカウントしてる人、「金曜まであと何日だ」ってなってる人は、自分の一度きりの人生を、自らドブに捨ててるようなものです。死ぬことは凄く恐れているくせに、人生を捨てていくことは、じんわり茹で上げられていくカエルが騒がないのと一緒で、気付かないんだと思います。
 
寿命は、減るよりは、増える方が誰しも嬉しいですよね。人生の時間が減ることを願う人なんていない。けど、ティッシュ配りをしていた私は、自分の人生の時間が減ることを強く強く願っていた。
 
時間の切り売りは、勿体無い。自分の作品作り、と思って、作品作りに励むと、自然と面白くなってくるはず。オーナーシップ。それでも面白くない場合は、環境を変えてもいいかもしれない。

 

 引用元


人生の時間を切り売りするということ by 仲 暁子