人が犯すリスクには警鐘を鳴らすが、自分が「リスクを犯さない」というリスクを犯していることには、全く気がついていない人

いわゆる日本でいう「レール」から外れるとき、つまり大学をやめたり、サラリーマンを辞めるとき、あらゆる「安定」というものを捨てるとき、必ず人はこう言う。

 

「それって、本気で考えたの?」

「世の中そんなに甘くないよ?」

「なんか夢見てるけど、今のままがいいんじゃない?」

「今まで努力して積み上げてきたのに、もったいない。」

「リスクが大きすぎる。もっと慎重に行ったほうがいいに決まってる。」

 

中には励ましてくれたり、「やってみりゃいいじゃん」っていう人もいるけど、ほとんどの人は表面上に出さなくとも上のような反応を示すと思う。

 

でも、自分はここに明らかな矛盾を感じる。

 

それは、

 

果たして上記のような反応をする人は、今の「レール」に乗っている自分に、同じ疑問を問いかけているのか?

 

ということである。

 

例えば、脱サラして起業したい!という人に、「それって、本気で考えたの?世の中独立して成功するなんて、そんなに甘くないよ?」という人がいるとする(以下レール人間とする)。このレール人間たちが言うことはもっとものように思える。おそらくこの人たちも、心から、その人のことを思って言っているのだろう。

 

しかし、レール人間は自分に対して、「将来の自分を本気で考えたのか?世の中サラリーマンやってれば安定するなんて、そんなに甘くないのではないか?」と、問うたことがあるのだろうか?サラリーマンを辞めて起業するときに悩むのと同じくらい、自分の今の状態を今後保つことに対して悩んだことがあるのか?苦悩したことがあるのか?

 

確かに、日本の社会では(他の国の事例はあまり知らないが)、大学を出て有名企業に就職し、一つの、もしくは様々な会社でキャリアを積んでいくというのが一番安全な道なのだろうと思う。しかし、本気で自分の業務をやっている人ほど、途中で「俺(私)って、このままでいいのかな?」という疑問が湧く。

 

自分は今のままでいいのか。このままずっと雇われの身でいいのか。もっと挑戦して、自分をもっと表現できる場所があるんじゃないか。自分で全てを決断していく、そんな人生があってもいいのではないか。

 

おそらく、バイタリティに溢れた人ほど、このように考えるだろう。

 

しかし、ただ受け身の人生を生きて来た人、言われたことをこなすことに何の疑問を持たずに生きて来た人は、まったく上記のような観念を抱くことはないだろう。だからこそ、みんながやっているように「レール」に乗り、それから外れることに疑問を持たない。「レール」から外れようと考えている人に会えば、「それは危ない!」と警告する。自分の将来の危険性を本気で考えたことがないくせいに(!)、だ。

 

これはおかしくないか。人が犯すリスクに対しては警鐘を鳴らすのに、自分が「リスクを犯さない」というリスクを犯していることには、全く気がついていない。まるで、「現金預金が一番確実だ。だからいかなる投資も考えられない。」と言っているのと同じだ。現金預金のリスクも知らずに、ただそれを盲信して他の選択肢のリスクばかり過大評価する。

 

おそらくそのように考えている人が大多数だし、危ない橋はみんなで渡れば怖くないとでも思っているのだろう。しかし、実際に橋が落ちてからではもう遅い。

 

全ての可能性とリスクを考慮しなければならない。

 

自分の夢を捨てること

自分の生きたい人生を生きないこと

自分の理想を追いかけないこと

 

会社にクビにされること

転職できないこと

劣悪な職場環境を押し付けられること

 

色んなリスクを全てひっくるめて、現状に疑問を持たなければならないと思う。